412 意匠権の行使

意匠権者に専有される登録意匠とその類似意匠を、第三者が、意匠権者の許諾を得るなど、正当な権原を持たないで業として実施すれば、意匠権を侵害したことになります。実施という行為が、経済活動の様々な場面で広くとらえられていることは、意匠を実施する権利で見たとおりです。これらの行為は、いわゆる直接侵害といわれます。
このような侵害に際して、権利者が取ることのできる手段として、差止めの請求と損害賠償の請求がありますので、これらについて少し詳しく見てみましょう。

まず、差止め請求ですが、他人があなたの意匠権を侵害しているか、侵害とみなされる行為をしている場合に請求できます。さらに、今はしていないがこれからそれらの行為に及ぼうとしている場合にも請求できます。その他人に対して、あなたはそれらの行為を停止すること、以降できないようにする、予防ということを求めることができます。
例えば、あなたが、それらの行為を中止するように警告書を送付し、協議することを求めたとします。もし、その他人が事情を理解して、それらの行為を中止すればいいのですが、その他人が警告書を無視したり、協議にも応じない、それらの行為を中止しない場合です。あなたは、裁判所に意匠法第三十七条を根拠に差止めを請求することができるのです。
その他人に対して、あなたはそれらの行為を停止するよう求めるに際して、さらに、予防するという意味で、侵害の行為を組成した物(プログラム等を含む)の廃棄や侵害の行為に供した設備の除却などを求めることができるのです。
このように、侵害が疑われる場合には、他人の自由な行為を停止させたり、他人の所有物の処分を求めたりすることができる、強大な権利が生じます。これが、差止め請求です。
但し、秘密意匠の場合には、第三者には意匠権の内容が公開されていませんので、第三者には不意打ちとなります。このため、登録を受けた意匠であるという特許庁長官の証明を受けた書面で警告をした後でなければ、差止め請求できません。

次に、損害賠償ですが、基本的な根拠は民法第七百九条(不法行為による損害賠償)にあります。これによれば、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」とされます。
ここで、損害賠償を請求する側が相手側の「故意又は過失」を立証しなければならないのが通常です。しかし、意匠権の場合には意匠原簿に記載され、原則として公示されていることから、侵害の行為をする者は、その意匠権が存在することを公示されているのに知らなかったなど、一応過失によってその行為をしたものと推定して(意匠法第四十条)、立証責任を相手側に転換させられます。相手側は、損害賠償の責任を免れるためには、過失がないことを立証するか、過失があっても軽過失によりしたことを立証することになります。但し、秘密意匠の場合には、第三者には意匠権の内容が公開されていませんので、過失は推定されず、通常民法通り意匠権者が立証しなければなりません。

ここでさらに、民法第七百九条でいう損害賠償は、通常、請求する側が、「損害の額」を立証しなければなりません。しかし、意匠権の場合には、権利そのものが抽象的なものであり立証がむずかしいこと、事業の実体はさまざまですが、ある程度類型化もできることから、損害(逸失利益)の算定方式を以下のようにガイド的に定めています。

①意匠権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の意匠権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物品を譲渡したときは、その譲渡した物品の数量(「譲渡数量」という。)に、意匠権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物品の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、意匠権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において、意匠権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を意匠権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。(意匠法第三十九条第一項)
【説明】これは、意匠権を侵害した製品が販売された場合、侵害者が販売した製品の数量×権利者の仮定の利益=権利者の損害、という算定をすることができるとしたものです。但し、製品の数量には権利者の実施の能力を上限とする歯止めを定めています。

②意匠権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の意匠権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、意匠権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。(意匠法第三十九条第二項)
【説明】これは、権利者が自分の損害の額を立証する困難さよりも、相手である侵害者の利益を立証するほうが権利者にとって幾分でも容易である場合があることから設けられています。

③意匠権者又は専用実施権者は、故意又は過失により自己の意匠権又は専用実施権を侵害した者に対し、その登録意匠又はこれに類似する意匠の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。(意匠法第三十九条第三項)
【説明】登録意匠又はその類似意匠の実施に対し受けるべき金銭の額、いわゆるライセンス料(ロイヤリティー)に相当する額を請求することができるとしたものです。①の損害の額の立証、②の利益の額の立証と比べて、より容易とされています。